ジャズボーカリスト ERIKAのNEWYORKでの生活で、音楽を通じて感じる事を綴った日記


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命の叫び~福島の今を伝える

『命の叫び~福島の今を伝える』

講演会に来ていた人が、皆泣いた。


福島大学災害復興研究所研究員の JACK AMANOこと、天野和彦さん、そして現在も福島第一、第二原発発作業委員 北島教行 さんがゲストスピーカーで福島の今の現状について3月6日の火曜にニューヨークのパールスタジオというところで、講演された。
お知らせが2日前にきて、仕事がはいたのだが、どうしても行きたいと、少し変わってもらって、行ってきました。


天野さん、震災直後最多で2500人が暮らした避難所『ビックパレットふくしま避難所』の県庁運営支援チーム責任者で今も支援構築に携わるかたで、福島の災害があってから自治体をつくって、今に至るまで大変な状態を泣きながら話してくださりました。

天野さんが講演が終わって、お話したときに、おいシンガー!ちょっときてくれ、といわれて、いったときにアイパッドはいっている写真をみせてくださりました。
そこには、
福島県飯館村の酪農家の遺書。
a0150139_8234419.jpg


「原発さえなければ」酪農家の遺言
6月10日、相馬市の酪農家が牛にいなくなった牛舎で自らの命を絶った。
牛舎の壁に書かれた抗議の「遺書」には家族や子たちへの謝罪と
酪農家への謝罪の言葉が殴り書きのように綴られていた。

シンガーと天野さんは私のことを呼び。
シンガー これみてみてくれ、これは酪農家の人の遺書なんだが、
今回の災害で普通の人の生活がおかされた。

この悲劇を繰り返さないために、責任追求と原発の廃止、一日もはやい被災地の復興、平和な生活。
同じような犠牲者を出さないためにも、一人じゃないのメッセージの発信や、集まって話せる場所提供。

こういう思いを音に、歌に乗せて、届けてきれくれ とおっしゃっていました。


今回のスピーカーの天野さんは、神戸の地震のときに、仮設住宅に移ったあと、孤独死がおおかった。
孤独死の遺書が、もう一度避難所にもどりたかった。
ダンボールの向こう側の息づかいで人が居るという安心、ぬくもりをかんじたかった。

人は寂しいと死ぬ 神戸の地震では900人くらいが孤独死したとのこと。
仮設住宅にはいってからが本当のスタート。

どうしたら小さなところから自治をつくるかと悩んだとのこと。
みんなが集まって話せる場所の提供、サロンと、足湯が、神戸の地震のときに凄く助かったということをきいて、自治をつくるにはどうしたらいいか、わからないし、手探り状態。ましてや、こんな大規模での災害は初めて。とにかく、わからないから、サロンつくって、足湯をはじめていこう。ということで、はじめた、サロン(喫茶店のような空間)そこでインスタントコーヒーがなかくドリップだった。
そのコーヒーをいれていたら、ある男の人がきて、僕がしますとだまってコーヒーをいれはじめた。それはコーヒー店のマスターで店を地震と津波で全部壊され、希望を失っていたけ。コーヒーの匂いがしたら、いてもたってもいられなくコーヒーをいれたくなった。そしてその人が時期にマスターといわれるようになり、そのマスターを支えて、テーブルをふいたりそのたもろもろをする人が、にせマスターと呼ばれるようになる。
そのにせマスターも、マスターが居ないときに、皆さんに美味しいコーヒーを飲んでほしいという思いで、夜にコーヒー入れる練習をしはじめる。その姿をみてまた周りのひとが感化されて、何かできることはないか?となり、そこから自治が自然に産まれてきた。

講演のパンフレットに書いてあった北島さんの声を抜粋させていただきます。

北島教行
フリーター全般労働組合の代表者の一人、東北地方だ太平洋沖地震緊急支援市民会トラック隊として支援活動を行い、現在も福島第一、第二原発で事故収束作業員として働く。

北島さんの言葉

収束作業現場にいると、ニュースに触れる機会がなく、宿舎でも泥のように眠るだけなので、『事件』らしきことは現地をはるか離れた場所の友人達からもたらされることが多くあります。
今回二号機の温度上昇にいたる原因として、計測器の故障が疑われ、実際そのような結果となりましたが、友人達からの『ありがたい忠告』をたくさんいただきました。曰く『早く現場から逃げよ』と。心配頂いて嬉しくもありましたが、深く考え込んで出した現在の心境を綴ります。


温度上昇問題、現場でのあわただしさは終息しました。東京では現状情勢がわからないから憶測が憶測を呼び不安感が倍増するのでしょう。
『逃げてほしい』との暖かい言葉に嬉しくもあり、しかし残酷でもあると感じてしまうのも確かです。

私の進退を申せば、私自身の経済貧困故に原発事故収束作業員を辞めることができません。
ほとんど全ての作業員が、経済的貧困が理由で、たとえ将来に重大な健康障害が発生するかもしれないと解っていても、職場放棄することができないのです。

また、職場放棄したら人類に重篤な被害を及ぼしてしまうことを理解しているがため、放棄することができなくなるよう『社会からの無言の強制』に応じざる得ないのです。

その状況で私達作業委員は、引き換えるにしてはあまりにも低賃金(1稼働日給8000から10000円、待機日は一切の補償なし、将来の保証も補償もなし、諸保健無権利)であるにもも拘わらず、疫病発生地域の医療従事者、戦場の医療従事者、火災現場の消防隊員とまったくどうようの業種的論理間に基づいて従事しているものです。

私達収束作業員はぎりぎりまで退却することなく、最善の手を打つことを覚悟しています。わが身むしくばまれおうとも。最後まで保ち続けたいのは、『収束作業委員としての職業的プライド』です。

『誰か』 が緊急措置をしなかったら人類全体に災害が降りかかる。私達はこのような気概で作業しています。
しかし『社会的に犠牲者となることを暗に要求され』ている収束作業員は、推進派、反対派問わず、『収束させることを要求する圧倒的多数の年民の人々』に良いように利用される存在でしかない、と実感します。

反原発運動の人々はひとたびでも『1Fの現場にて何かあったとき』には鬼の首をとったかのように私たち収束作業員の被害を都合宜しく代弁し、利用しつくそうとすることでしょう。
安全な高みで見物していると市民による反原発問題の『強欲さ』 『身勝手さ』 『利用主義』にウンザリなのです。わたしがもしこのような『利用』をされる対象物とされたなら、死んでも許さない、と遺言するしかありません。社会的貧困者を収束作業にあたらせておいて、何の痛みもかんじようとしない反原発運動の失望感と不信感に溢れています。推進派と何ら変わることなく『犠牲者』を要求しているのですから。

原発を推進してきた者どもと同じ視点、『命の重みなど検討するに値しない貧困者』に『死に至る苦役を負ってもらう』 という思考は反原発運動の側でもあるのです。

貧困問題や差別問題を持ち込ませない、と宣う『シングルイシュー』は思考として破綻していることを反原発運動にかかわる人々に悟ってほしいと願うばかりです。

私達収束作業員は踏みとどまって最悪の事態を再発させないように24時間態勢で従事していきます。
重篤な被爆を受けながらの作業です。『誰か』がj必ずやらなければ冷温を維持することさえできません。

その『誰か』とは貧困ゆえに就業せざるを得ない、私達収束作業員です。
貧困の問題とは貧富の差別や社会的マイノリティの差別問題でもあります。
現場に来る前からそのような分析をしていましたが、こちらに来てそのような予測どおりの絶望的な現実をまのあたりにしている。読み書きも満足にできない労働者も多数おります。社会的に取るに足らな棄民として扱われてい階層かもしれません。でもこんな私達も、『人間』 なのです。反原発運動の人々に、収束作業の現場では『人間』が従事しているんだよ、と叫びたい衝動に駆られます。


北島さんは反原発を訴えて、ニューヨーク州のハドソン川の上にあるインディアンポイント原発が、ちょうど40周年を向かえ、これからまた20年更新するかどうかという時期にきているとのこと。福島原発がちょうど40周年で閉鎖するはずのところを、辞めた元東電の社長が延期した最初の年に、災害が起きた。
その更新を阻止させるためのシンポジウムのために、お二人を日本からきていただいたとのこと。
北島さんも最初に原発廃反対活動のデモをし始めたのに、それが、右翼や、差別主義の人があつまり、デモをすることで、差別を前提に、デモでひどいことをいいながら、原発廃止運動している姿をみて、この人達と一緒にデモはできないと思い始め、そのデモからはずれ、別に活動しているとのこと。


北島さんも天野さんが日本からいらした理由は、日本では圧力がつよくて、こういった講演をすると、すぐつぶされる。 海外なので、やっとできた。
海外ニューヨークにいる日本人に福島の現状をしって、考えてほしい。
今日きた話を、いろいろな人に伝えてほしい。
外圧、アメリカから日本政府に外圧をかけてほしい。
原発で最低な状況で働く仲間や、今の状況をなきながら、語られていました。

海外に住む日本人へ
自分達が日本人としてふるさとを取り戻すにはどうしたらよいだろうかと考えてほしい
とおっしゃっていました。

福島原発で働いている北島さんと、被災地で自治をくって。復興全力で頑張って奮闘していらっしゃる天野さんというかたの話をきいてきて、凄く衝撃的で、その人達が、福島の人達の声を伝えにはるばるニューヨークまでいらっしゃり、命がけで守る思い皆涙を流し感動していました。

今の状況がどんななのかを認識して伝えていくことが、最高のボランティアとおっしゃってて、ノースカロライナのコンサートでも自分の言葉で音で、伝えてこようとおもいます。。小さなことかもしれないけど、自分にやれることから発信していこうともいます


いろいろな思いがかけめぐり、感情的になった夜でした。
その日の夜のうちに、日記をかけばよかったのですが、1週間たってしまいました。
とにかく、今週土曜はノースカロライナに、チャリティーコンサートにいってきます。
チャリティーで募金された全ての資金は、森は海の恋人に寄付されます。

http://d.hatena.ne.jp/mizuyama-oyster-farm/20110412/1302595826
森は海の恋人

http://d.hatena.ne.jp/mizuyama-oyster-farm/20110829/1314572272

JUANCHOと頑張ってきます!
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by erikajazz | 2012-03-14 08:24