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コンペティション 続けていく事について

今日ジャズモービル主催のジャズコンペティションがあった。
上からシンシア アリス(アリスはコンペにはでていませんが) マリアン


自分、昨日、腹痛で朝から外に出れなくて、一日部屋でもがいていました。
(道華さん、麻美子さん、本当にすいませんでした、そしてたかしくん、鬼さん薬ありがとう)
盲腸以来で、正露丸から漢方薬、いろいろなものを試してもほんとにいたみが静まらず、脂汗たらたらものだった。今日は調子が少しよくなったので、レッスンの後、ジャズモービル主催のハーレムのジャズボーカルコンペティションにいった。

友達のすばらしいシンガーのシンシアソリアーノと、マリアンソリバンが出ていた。
本当にタイミングよく、レッスンで遅れていたったのにもかかわらず、マリアンの二曲目にたどり着けた。ベースとのDUOでMEAN TO MEを歌って最高だった。

休憩の後、同じ大学でシーラジョーダンのクラスからの同級生であるシンシアがでて、BUT BEAUTIFULを歌った。あまりの声のよさと、その感情のこもり方に、涙がでた。シンシアはここ何年も本当に人生つらいことがたくさんあって、そのすべてが歌にこもってて、周りの人も彼女の歌の深さに、感動していた。その後は、ルバートから始まったI WISH I KNEWこれもまたすさまじくスイングして、まさしくジャズだった。とにかく歌詞のすべてがよくつたわって、オーディエンスとのコミュニケーションもとてもはかれて、本当に盛り上がった。
マリアンも声もテクニックも素晴らしく、確実に二人が決勝の決勝に残ると誰もがおもっていた。
13人中の5人だけが選ばれた。
正直、シンシアが一番とる勢いの歌だった。心に響いたので、周りのみんながそういっていた。そしたら、彼女の名前は呼ばれなかった。

マリアンが入ったのですごく嬉しかったけど、シンシアがその5人の中に入らないことがみんな信じられなかった。正直かなり悔しくて、涙がでてきた。あのシンシアのBUT BEAUTIFULでないた人はかなりいたと思う。
気持ちがこもって、たくさんシンガーはいたけど、歌詞がダイレクトに伝わってきたのは、彼女が一番だった。
そっこう、シンシアのところにいって、あんたのBUT BEAUTIFUL本当に感動して涙でた。信じられんファイナルに残れないなんて!かなり本人も気持ちは怒りとフラストレーションと悲しみといろいろな気持ちになっていたにちがいないのに、一言

賞はどうでもいい、うちらは歌い続けていくのよ。歌い続けていくことに意義がある、
歌い続けていけば、ジャズは絶えない。音楽は絶えないの。

また感動して、泣いた。
その後、シンシアは、決勝に残る、マリアンのために、水をもっていって、応援していた。
かなり悔しかったとおもうのに、顔に見せず、友達のこと気を使うシンシアに感動した。
静かにあつい情熱が彼女の心の中に流れるのを感じた。

マリアンが優勝だと思った。最後の選曲で歌ったFOURマイルスデイビスのバージョンで、ボーカリーズ、歌詞がかなりついているのを歌った。
惜しくも優勝にはいたらなかった。

ほかに残っていた決勝の人たちは、なんでシンシアがのここらないでこの人?っていうひとも何にもいて、たまらなかった。
マリアンも、シンシアも今年優勝できなかったけど、素晴らしい歌をみせてもらってた。
コンペは本当に複雑だ。政治的な事(審判と仲良かったり)もかかわってきたりするし、本当に微妙だ。
だけど、シンシアは、オーディエンスの投票で一番をとった。
ほっとした。あんなに素晴らしい歌で、評価されないほうがおかしかった。


最近話題になっている、AMERICA GOT TALENTの番組で、NYの地下鉄で歌い続けたおばちゃんがいた。今でも覚えている、4年くらい前で、Dトレインで田井中ふくしさんのライブに行く途中に34丁目でおりてきいた黒人おばちゃん。

歌を聴いて泣いたことは何回もあるが、滝のように涙がでた人

ALICE TAN RIDEY

このおばちゃんは映画のプレシャスにでてくる主人公の女の子のお母さん。
子供を育てるために地下鉄で1992年から歌い続けているという。

初めて聴いた、アリスの曲はホイットニーヒューストンでも知られる、I HAVE NOTHINGという曲。
ニューヨークの34丁目の駅で人がたかっていた。
その中に
白髪頭で、ねずみ色に近い黒いダークなスキン、滝のように流れる汗を白いハンカチでふきながら、アンプに腰掛、思いっきり歌っていた。
その声を聴いた瞬間、とにかく滝のように涙が流れた。もうここは教会かというくらい、周りのひとも、すごい勢いで泣いていた。
すさまじい勢いで泣いた後、本気に疲れて、放心状態になった。彼女にすごかったとつたえて、その後、彼女のインフォメーションをもらうのでていいっぱいだった。
その後は、とにかくそのおばちゃんのことが興奮して、道であって道をきかれた若者たちにも、おばさんのすごさを熱く語る自分がいた。
その後、彼女の歌を思って、正直、自分が恥ずしい思いになったことを覚えている。
彼女の歌は、悲しみ、つらい経験を逃げず真正面から受け止めてきたまっすぐな歌だった。その当時、恋愛も、日ごろのきつい経験さえもなるべく自分が傷つかないような生き方をしていた自分に対して、彼女の歌はストレートに自分の心をわしづかみにした。人生の生き方まで、振り返させられた彼女の歌の力に圧倒された。

オブラードもあったものじゃなく、心に感じるまもなく、彼女の歌声から出る魂に、涙は滝のように溢れた。
とにかくパワフルだったと、短期できているボーカルの友達に彼女がどこで演奏しているか伝えたくて、アリスからもらった、白黒の紙をみた。インターネットで彼女の名前ををいれて検索しても彼女が過去に演奏したクラブだけでてきて、何の情報もないので、そこにかかれている718の電話に電話した。
おそるおそる電話してみた。

ハロー
低い声 、あの、、アリスさんをみて感動して、アリスさんからいただいた紙にこの電話番号が書いてあって電話しました。

あたしよ、わたしがアリス
事務所か、どこかとおもっていたら、本人の自宅だったらしく

凄い低く、ぶっきらぼうな声。
何のよう?

友達にあなたの素晴らしい歌をきかせたくて、、

あ、私は、地下鉄でしかしていないの、この日のこの時間に42丁目、この日のこの時間に34丁目と次から次へとおしえてくれた。シカゴ出身かどこかだったけど、とにかくなまりも凄くて(私の日本語も地元なまりが凄いですが)10年nyにすんでいる自分もわかりにいくかった。

そして最後に、あっでもね、さっきいった日のその時間に私が必ずいるとは思わないでね。
いないときもあるから。

わっつ?
なんてあいまいなんだろうとおもいながら、本人がでたびっくりさと、この口頭でスケジュールをお知らせ、しかもいるかいないかわ、その日にならないとわからないというアバウトさに拍子抜けだった。

もうひとつ、きたら、私に”電話したものだっていってね” そしたら私もわかるし

こんな凄いシンガーのおばちゃん、白黒のかなりコピーにコピーを重ねたような画像のチラシプラス、自宅の電話記載されて、本人が電話にでる。

これこそ ザ アメリカ
だった。
そしてその電話ではなしたおばちゃんが、いまじゃー娘は映画の主人公で、有名になって、おばちゃん自体も、AMEICA GOT TALENTで今、かなり有名人になっている。
アリス自体もテレビにでたくて有名になりたくて続けてきたのでなくて、音楽、歌にそこぬけのパッションがあったからだ。後、子供を育てるための生活の糧として、92ねから18年も地下鉄で歌いつづけてきた。地下鉄で演奏することは本当に大変だとおもう。日本と違って、地下鉄の音自体、半端なくうるさいし、ホームは凄くあつくて大変た。

今日は、昨日もみたアメリカ ガット タレントにでるアリスをテレビでみて、今日のシンシアみて触発されて日記をかいた。

続けていくこと、何があっても続けていこと

凄いことだ、その先に何があっても なくても、続けていくこと

人生のすべての思いのひとつひとつ、涙も悲しみも、嬉しさも、すべてが歌に織り込まれてるんだとおもって、その思いと、歌詞とメロディーと連結して、心はわしづかみにされて涙がでる。

本当に凄かった。感情で心がとても揺さぶられた。涙がでた。
本当に”生きる”を感じた

賞なんて関係なく、凄かった。ありがとう、シンシア、アリス、そしてマリアン、
素晴らしい歌をスピリットをありがとう。
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by erikajazz | 2010-07-26 04:00

ジャズボーカリスト ERIKAのNEWYORKでの生活で、音楽を通じて感じる事を綴った日記