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2010年春のカールトンホールムズ(p)とのOBSESSIONツアーとお母さんの誕生日

本当に、お世話になりました。
素晴らしいジャズピアニスト、カールトンとのツーアーが17箇所が無事終了しました。
本当に、どこもサポートしてくださった九州の応援団の皆さん、そして何箇所も遠くからライブにきてくださったファンの皆様、そして家族、大好きな友達、本当に一人一人のお気持ちに、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。

自分も今回、とても仲がよく、人生、音楽等、いろいろあると相談しあえて、自分が素でいられる仲のカールトンと一緒にツアーできて、本当に音楽に集中できました。今までのツアーではツアーが終わったあとに、やりとげたと幸せになったりして、一回一回のライブのときに、音楽を楽しむ余裕がありませんでした。

最近は、自分はパーフォーマーに向いていないのじゃないか、他になにかむいているものがあるのではと思い悩んだりもしました。何のためにこんなに駆り立てられて、ハードスケジュールに自分をおいやっているのか?と自分を見つめたりもしていました。
しかし、今回のツアーで、自分が音楽的にも本当に不安定になることもなく、どんどん曲のイメージが鮮明に沸いてきました。キラキラした音を出す素晴らしいミュージシャンカールトンとの音楽で、本当に一曲一曲集中できたし、毎回のライブが楽しめました。毎回ライブをするごとに、幸せーだー歌うことがこんなにも楽しいなんてと、本当にありがたい気持ちでいっぱいでした。

前回からのツアーから今回までの半年が本当自分自身、スランプというか行き詰まりまくりで、欝になったり、明日はないという気になったり、どうしていいかわからない状態が続いたりして、よくないていたりしたので、本当にこのツアーで、ライブでお客さんと作り上げた空間には本当にたくさんのエネルギーを頂きました。その笑顔に触れるたびに、元気のでたー、また頑張れます!という一言をきくたびに、むねがいっぱいになった。

今回本当に、九州どこも満席で、何回もきてくださったり、福岡のライブに熊本に初めてたまたまきてくださった方が、島原からバイク飛ばして最後のライブみにきてくださったり、初めての佐賀も、熊本で初めて聞いてくださった方が、また佐賀のほうまで足を運んでくださったり、5.6回立て続けにライブに来てくださった方々、本当に有難うございました。地元の高校の同窓会では森永卓郎さんをゲストに迎えて、その後にライブでしたが、森永さんの公演の後、また人がどんどん集まって、1000人以上の人がみにきてくださいました。

初めての演奏の大阪も、初めてだけに、満席にはできませんでしたが、いつもの筑後弁でMCをしたら、もりがあり、ベースに中村健吾さんをむかえて、健吾さんの迫力のあるベースでさらに音楽的にも盛り上がりました。ロイヤルホースのマスターの、関さんには、素晴らしい、特にミルトンの BRIDGESがかなりよかった、歌の意思が強い、伝わってくると、有難いお言葉を頂だき、ライブ中に、ステージ近くに座って聴いてくださりました。有難うございました。
小林さん、本当にお世話になりました。今回のライブをうけてもらって、本当に有難うございます。またどうぞ宜しくお願いいたします。
ライブ後に、マスター関さんと、小林さん、そして、健吾さん、カールトン、きみちゃん、かおるとご飯食べながら、飲んで、とても楽しかったです。
NYで生活を立てるために働いているヘアーサロンのオーナーもNYから飛んで来て、大阪についてそのままライブにきてくださり、NYに以前いたサロンのスタッフで神戸店にいった、マネージャー、スタッフ子達も、みんなきてくれて、そして自分の姉ちゃんのような人の妹さんがまた凄いたくさん人たちをつれてきてくださり、きみちゃん、そしてたくちゃん、かおる、みどりさん、うねちゃんさん、本当にゴールデンウィークの真っ只中、本当に有難うございました。

大阪アップルストアでのライブも、ステージが入り口に近かったので、友達のほかにもたくさん一般の人が入ってきたりして、とても宣伝になりました。スタッフのみなさん、本当に有難うございました。大阪、二日とも、おいしいものを食べて、とも姉、そしてきみちゃん、しほちゃん、ありがとう!しほちゃん、引越しで忙しいときに、ライブかけつけてくれて、ありがとう!
きみちゃん、やっぱ、あなた自分が唯一、何でも頼めていえる友!そして先輩!
大阪を去った日、さみしかった。かなりあついサポートがありました。
5/6の朝、移動して東京にはいりました。

夜、BOOZYMUSEは、たくさん人がはいり、満席になりました。ほっとしました。
HALちゃん中田ちゃん、まみえちゃーん、みかさん、ひかるちゃーん、ゆいちゃん、ようくん、秀ちゃん、よねちゃん、すけようさん、ちありちゃーん、うららちゃん、まりちゃん、やっちゃん、けいちゃん、そして、歌のひろみさんに、フルートのはるなちゃん!有難うね!!

昼間に、名古屋のことですこしきついメールがはいり、すこし怒りと悲しさで、東京でしばらく、落ち込みました。ライブもゴールデンウィークあけやから、どれくらい入るかわからないと、かなりブルーになって、カールトンが話しかけてきても、すこしうわの空でした。すぐ感情的になるこの性格。。。一喜一憂です。

どんなことを言われても、自分はただ、いまの自分の思い、音楽を、真摯に歌いあげるだけ、
原点に戻るために心を集中させました。

最近、いろいろ音楽とか、その他いろいろなことをいわれますが、反発して、自分自身、疲れたりしていましたが、うけいれる事の大事さをまなんでいる気がします。
きつい言葉でも、うけいれて、そして包み、そしてなおかつ自分は自分で、今の自然の自分で愛をもって接する。なげやりにならない。すると、最初はつんけん、闘争的だった言い方をしていた人からも、最後は愛が伝わってくる。

音楽はすべて丸裸でみえてしまうので、人間的にも、まだまだ成長だなとおもいました。
しかし、以前はこの感情的な性格をなおさないとと思っていましたが、人には人に感じ方があって、それを含めて自分だなーと思ってうけいれはじめました。感情はかくせません。

東京二日目、クラビーヤ、阿佐ヶ谷でした。木のつくりで、とにかく素敵な雰囲気。3年前にJEB PATTON(ピアノ)とツアーをしたとき以来のライブでした。マスターママと本当によくしてもらい、お店は満席で、かなりアットホームな雰囲気だったので、トークも最初から飛ばせて自分を出せました。らい子、姉ちゃん、部長、ひろこ、あやちゃん、りょうかさん、りょうたさん、HAGE,有難うございます。お土産も本当に嬉しかったです。ありがとう、姉ちゃん!

ひろことカールトンと三人でご飯食べて、荷物のパッキング等3時半までして、6時に起床。
朝、地下鉄で東京駅まで移動して、新幹線で名古屋に移動。
睡眠不足がたたり、東京でも熱唱したので、朝おきると、声がかすかす。かなり不安でした。
移動中寝たりしましたが、のどは相変わらずかすれていました。ツアー中、朝おきて、のど、声のコンディション本当に神経使います。

名古屋駅にプロモーターのやっさんにPICK UPしてもらって、ラジオイベントのモールに移動。リハのときも、高い声を出す曲の高いところがかなりかすれて、のどに負担が来ていました。外には出さないようにしていましたが、内面は本当に曇り空でした。名古屋は、うちの母の親戚が岐阜にたくさんすんでて、車できてくれていました。
自分のベストのコンディションで歌えない、悔しい気持ちではありましたが、カールトンが、ジャズはその日の音楽、その瞬間の音楽だから、その ERIKAで、魂を込めて、今を歌にこめれば大丈夫だよ!の言葉に救われました。

10年ぶり似合う、親戚の姉ちゃんもいましたが、自分は声がかなりハスキーになっていたので、1曲1曲、1曲終わったら、もう自分はいない、くらいの勢いで心を込めて歌いました。
このツアーで一番の山場でした。精神的に凄い集中力が朝から晩まで続きました。ラジオも無事終了、また1時間かけて移動でジャズクラブスターアイズに。

プロモーターの飯田さん(過去地元でヘビメタルシンガーで一世をふうびしたらしい)
がデュエットしようと言い出し、最初はかなり乗り気でなかったのですが、(ごめんやっさん)
二セットめで、漫才のようになり、歌いだして、かなり爆笑でした。やっさん、さすがヘビメタル声がセクシー、そしてスキンヘッドにいつも日本人ばなれした、TOO MUCHな愛情表現+少しセクハラ気味の発言、それがすべて音楽に生き、かなり、歌ってて、漫才いれの歌で、自分でもかなり楽しかったです!お客さんと一緒にかなり笑いました。
1セット目はのどの調子も高い声がハスキーになったり、かなりきついところもありましたが、とにかく心を込めて、1曲1曲身を削るように歌いました。自分の弱さとの戦いとういうか、
本当に心こめて歌いました。きつい一言のメールの方からも、最後は笑顔で抱き合い、リクエスト曲も自分のしっている原曲より、とてもよかった、そしてきてくださった方たちが本当に楽しかったと喜んでいたわーといわれれて、本当に嬉しかったです。
それが一番です。楽しかった。元気がでたー、明日への活力になるよ!
この言葉いわれたとき、本当によかったーと心に沁みます。

本当にライブが終わったあとは、倒れこむように寝ました。ホテルはまた素敵なWESTINのベットの広い、名古屋城の見える素敵な部屋を用意してもらいました!有難うございます!まさるくん、なっちゃん、だんちゃん、そうださん、飯田さん、そして河野さん、本当にありがとうございました。スタッフの皆さんのおかげです!名古屋も最後プロモーターの人と話してて40にくらいとおもっていましたが、後連絡前回のように満席にはなりませんでしたが、後での連絡でう、ゴールデンウィーク明けだというのに、50人くらいの方々が来てくださっていました。本当にありがとうございます。カールトンも、名古屋が最後だったので、凄い勢いでソロとっていました。VERA CRUZのソロは天まで続いているような音をしていました。
素晴らしい!!
カールトン最高でした。とにかくハードスケジュールでしたが、本当に何処も素晴らしい演奏でした。
地元高校のライブは、亡き親友と出会った場所だったので、トーク中になきそうになりました。
小さな夢の一つ一つ、かなっていることに、感謝の気持ちでいっぱいでした。すべてご縁で、今回の話になりました。ラジオ番組のDJの同い年のさゆりさんと仲良くなり、お茶して、話がはずみ、だんなさんのラジオを紹介してもらって、LOVE FMに出演、そのディレクターの旦那さんと、田舎の地元の中学も高校も一緒で、そのご縁から、来年僕たちがコンサートを企画するからゲストできてくれないか?と今回のイベントになりました。

名古屋の次の日は、声がまったくでませんでした。息しかでなくて、電話しても、なにいっているかわからないといわれるくらい、何もでませんでした。空港まで、友達がむかえてにきてくえて、お茶をしましたが、息で会話、彼女も、つられてこそこそ話になっていました。
もどかしかったです。なみこ有難う!

ほぼ8日連続でライブに打ち上げ+移動だったので、かなり答えました。
声のコンディションもぎりぎりセーフだったので、本当にありがたい気持ちでした。このかすかすの日にライブあったら、もう終わりでした。5月3日からはかなり無理していることわかっていたので、打ち上げでもお酒を飲まないようにしました。

5月10日は母の日、去年はブラジルで母の日を、そのときの相方のお母さんのブラジリアの家で過ごしました。自分の母に、ブラジルから、母の日おめでとうと18時間のバスのあと、やっとリオからブラジリアについたバス停で、日本に電話したのを思い出しました。
当日は夜、名古屋からかえったので、カーネーションをうちの母と親友の母にもっていきました。12日が、うちの母の誕生日でした。小さいころは貧しいながらに、自分の好きなささみのから揚げや、ケーキ、グラタン、自分の好きなものを誕生日につくってもらったのに、母の誕生日には、かたもみ券とかやった思い出しかなく、もちろんおおきくなったら、それなりのものを毎年贈ったりプレゼントしてきましたが、母の誕生日を一緒にすごすのは久しぶりでした。
むかしサンタさんが朝プレゼントおいてくれたのが、とてもドキドキして嬉しかったので(ほとんど、男用と女用を間違えた2000円の福袋や、人形もオリジナルじゃない安いほうの、FAKE人形とかでしたが)、5月12日の母の誕生日、台所に、プレゼントをおいて、朝サプライズしました。夜、地元で応援してもらっている、GROOVYのマスターと皆さんに会いに行くと約束してて、夕食一緒にたべないってことになったら、またうちの母は怒るだろうと、旅たつ前に喧嘩をしたくないなーと思っていました。
家にいるときは、カールトンが座敷でねているっていうのに、朝7時半から、仕事でいらいらしている母は、自分を起こし、叫びあいの喧嘩までになり、正直、本当に疲れていました。

名古屋から帰った日も、その夜、凄い疲れていて、そんなときに、いつもお母さんは何かからんできて、凄い喧嘩になり、声がでない分何もいえなくて、かなりこたえました。
半分もう、親子にひずみができても無理かもとあきらめていたりもしました。
何かあったら、喧嘩わかれしたらどれだけ後悔するかわかっていながら、もう、喧嘩疲れて、無理だと思いました。

夜、グルビーで、いつも応援してもらっているGROOVYスタッフの皆さんと、ワイワイ楽しくツアーライブのことを話し、手作りのおいしいご飯を頂だきました。愛があふれて、本当に、ありがたかったです。写真もまた載せますね。案の定、大事なデジカメのコードがみあたらなく、写真をインターネットに落とせない状態です。

GROOVYのマスターとママはうちの母にも手作りお誕生日チーズケーキと、レーズンのスポンジケーキを作ってくださっていました。お手紙つきで、ママとヘアメーク、スタイリストのさとこちゃんに車で家までおくってもらって、自分も途中でFUJIYAでケーキを買いました。

朝バックのプレゼントでサプライズさせたものの、家で母の誕生日に夕食のご飯も一緒にたべない娘に対し、お祝いをぜんぜん期待してなかった母は、 HAPPY BIRTHDAY!とさけんで、3人で登場したら、とてもびっくりしていました。
そして、リビングにケーキをはこびました。ママとさとこちゃんが帰った後、母は突然、手で顔をおって、声をだして、何だっておもったら、泣いていました。

こんなによそ様にしてもらったのはじめてよ。ぜんぜん思いもせんかった。こんなサプライズは初めて、こんな手作りケーキとか、といって声を出してなき始めました。

私も、母のうれし泣きを生まれて初めて見たの生まれて初めてでした。
お母さん、ほら、ろうそくばけしてーっていって、すぐ消そうとしたから、お母さん、お祈りして!って、一言、えりかさんが達成しますようにって、
また泣けた。 心の中では、妹あやちゃん、そして孫のはるき、そしてうちの弟たすく、みんなのことを考えてお祈りをしていたに違いない。

びっくりして、胸がいっぱいになり、涙がぼろぼろ出ました。
母が泣くのをみるのは、嬉しなきでも、かなしなきでも、涙がでます。
母のことを思うだけで、胸が熱くなります。
おやの子供に対する愛情は深いです。

母のこんなに喜ぶ顔を、みたことがなく、いつも悲しませたりして、泣かせた中学時代、高校時代はありましたが、うれし泣きでこんなに泣く母は、初めてでした。
母の嬉しそうな顔をみて、こんな自分でもすこしは親孝行ができたと、グルビーの愛情たっぷりのみなさんに心から感謝の気持ちでいっぱいになりました。母は、本当に嬉しそうに、こんな幸せなことは今までないと、いってケーキをおいしそうに食べていました。
自分は胸がいっぱいで、もう、たまらない気持ちでケーキをたべて、味がわからなかったです。子供には本当にいつもプレゼントや、家にいれば好きなものをつくってくれるお母さん。
かなり厳しく、いつもがみがみ言われて、けなされることがおおいけど、情が深く、やるといえばとことんしてくれる、母。仕事の鬼で、病気で、薬を飲んで、その副作用で働ける状態でなく、朝から嘔吐したり、髪が抜けたりしていても、それでも休まず出勤する母。野心家で負けず嫌い。貧しく育ったので、ハングリー精神が強い。

母がお風呂はいって、腰が痛いというので、腰をもんだ。
凄く疲れていて、すぐにねて、それでももみつづけたら、母はきがゆるんで何回もおならをしていた。笑
昔自分の家は変で、おならをしたときだけ英語でアイムソーリーといっていた。
母がソファーでおならをするといつもにおいがしないが、その後に、誰から何分かあけてすわると、こもっていたおならのにおいが飛び出して、本気でくさかった面白い思い出がある。

寝ながらおならをするお母さん、くさかやんーと お父さんと笑った。
お母さんが、いとおしくてたまらんかった。

昔、家を建てる前にすんでいた、県職員アパートの空き地に
うちの妹の大好きな、あやちゃんの息子、はるき(2歳)と昼間遊んだとき、
ライくんという5歳のとこの子にあった。ライ君と、うちの母と、はるきと、笹野葉で、ちいさな船をつくって、水溜りに浮かべて遊んだ。ライくんに家族のことをきくと、お母さんは岡山にいる、っていってて、お母さんはゴールデンウィークだから岡山?ってきくと、うんうん、ずっと、僕が二歳のときからずっと岡山。なんで?さみしくなか?ってきくと、首をふって、ううんううん、だってね、お母さんね、二回しかご飯つくってくれんかったと、いつも優しくなくて作ってくれんかった。肉が好きで、肉ばかりたべよらしたけん、お姉ちゃんまで肉好きになってしまって、僕は、おにぎりが好きと、おにぎり4つば、一気にたべようとしたら、ばあちゃんにいつも、ひとつひとつ食べなさいっていわれるとー。といっていた。二歳、うちのはるきが二歳で、そのときにすでにお母さんがご飯つくってくれんかったという思い出を覚えている。5歳にして、大人びて、家族のことを、語るライくん。大人やなっておもって、こんな小さい子供が大人にならないけんてって、なんともいえない気持ちになった。

うちのお父さんは昔から口をひらけばネガティブなことしかいわない。
高校生のときは、お前の顔で、歌手になれるとおもっとるとかーとか、今まで散々いろいろいわれて、ほめることが人生ほとんどない。最近、も変わらずネガティブなことや、テンションをさげることしかいわないけれど、本当に言葉はきついが、いつも送り迎えしてくえたり、心配して、いろいろ助けてくれる。かなり恩着せがましく、狂ったようにおこられることもあるが、行動がいつも愛にみちしていた。父は、ケーキを目の前になく母に、空港に自分を送り出す車の中で、俺はクールだな。普通、子供の結婚式でもなく親がほとんどだが、俺はなかんやったし、今までもほとんど泣いたことがない、感動するドラマですこしうるっとすることはあるが、
俺はクール(冷たい意味で)なんやなーっておもう。といっていた。かなりうける。
そういう客観的に自分をクールって言う人にクールはあまりいない。
親父も妹の結婚式の3日後に、はー姓が変わったことに対して今頃、寂しくなってきたととても悲しそうにしていた父の顔を覚えている。ばあちゃんの葬式でも泣かんかったといっていたが、少し涙声になっていた。

いまだに、サンタクロースになりすまして、左手で、汚い文字をかいて、サンタさん日本語下手やなっていったお父さんをいまだに思い出す。
後、よく、妹と自分をバイク、(カブバイク)にのせて、牛みにいったり、田んぼや、神社になる銀杏みにつれていってくれたのを思い出す。
お父さんが鼻くそばかりほじるから、車のなかで家族きづけば、鼻をほじっていたり、(かなり笑ける)
俺がイノキづらだから、お前もいのきづらで、顔がでかいなー(いのきさんに失礼)_
といったり。
中学のころは、よく、門限10時でそれすぎると、ひっぱたかれ、それがイヤで、よく屋根まで逃げて、ヒャー!ジェイソンがきたー(ホラーエーがーのジェーソン)と父親から逃げるのだけは凄いはやくて、はだしで屋根をかけて、お父さんをまいていたので、体育はいつも5段階で5だった。

しかし、うちの親は、今回でおまえ、外国のミュージシャンを家に滞在させるのは最後だぞ!って怒っていっていたが、日本語を少し話せるからか(といっても、挨拶程度)カールトンが、リラックスバイブだからか、自分が忙しいときに市内にでなければいけないとき、カールトンとお父さんは二人で過ごしたり、母とも二人で過ごしていた。
たしかに、いつも、無理やり今まで、自分のやりたいことを、してきた気がする。
母や父は、がーがー怒りながらも、あんたは私たちに選択もさせんといいながら、いつも協力してくれて、ほんとにありがたかった。
父も音楽に反対していたが、最近はフライヤーなどを保険屋さんにもみせて自分のことを紹介したりしてびっくりした。


いろいろな思いになった、ツアーでした。応援してくださる一人一人の人生に触れ、長い人生をそのときの顔と、会話で、感じ、ライブでそのお互いのあっていない時間を、空間でかよわせ、明日への活力を交換しああう。本当に、応援してくださる、一人一人の気持ちを胸に、これからも人間的にも音楽的にも成長していきたいと思います。
いろいろ、まだ荒削りなところもたくさんありますが、それも含めて今の裸の自分で、これからもどうぞ、宜しくお願いします。本当に、一人一人の愛のあるサポートのおかげで、今回のツアーもできました。本当に有難うございます。NYの先輩、特に、なぶちゃん、麻美子さん、きついときにいろいろ相談のってもらって、有難うございます。
心から感謝しています。昨日の夜NYにかえってきて、今日は早朝から仕事でした。
また来週からレッスンや、新しいことに挑戦です。今回のツアーいく前は、秋のツアーはやめておこうかとおもっていましたが、どこも本当に盛り上がり、是非、秋もツアーを!とイベントも入りそうで、ツアーにいけそうです。またよろしくお願いいたします。
本当に有難うございます。



日々の積み重ねで築き上げられる。



カールトンとのツアー、本当に楽しかったです。
本当に、いろいろ有難うございました。
これからもどうぞ宜しくお願いします。
お世話をしてくださった、リバーサイドマスター、BAHIAたーちゃん、ちかさん、サーフサイドのマスターGROOVYのマスターママ、そしてファミリー、明日の地図のしんこさん、マスター、じJAZZ INN おくら等、古荘さん、AFTER HOURS BAN久留米、佐賀のシネマテークマスター、木原さん、るいちゃんのままパパ、ニューコンボのマスター、福岡県山門高校同窓会、久冨さん、さゆりさん、 ROYAL HORSEの関さんに小林さん、BOOZYのユージンさん、HALちゃん!KLAVIERのマスターママ、名古屋の飯田さんに、NORAHさん、河野さん、そしてジャズクラブのスターアイズのマスター、アップルストア福岡、そして心斎橋店
そして、ラジオ、福岡で人気のなかじさんのラジオ、モーニングジャムに、PAONそして、RKB毎日放送、そして玲子さんの番組。そして名古屋 FMのインストアライブ。
新田さんいつも有難うございます。
ケペルさん今回、お電話でしたが、話せて嬉しかったです。
みえちゃんに、ゆみゆみ、YOU
本当に有難うございました。 
みなさんの思い、笑顔、忘れません!またもまれてきます!
秋に!
by erikajazz | 2010-05-16 00:08

ジャズボーカリスト ERIKAのNEWYORKでの生活で、音楽を通じて感じる事を綴った日記